第一三話:Love of my life

 

四月二〇日。午後五時三〇分。黄紋町郊外、海岸道路。

 

 イギリスのロックバンド――――QUEENの曲で、捨てられて途方にくれながらも別れた一生涯の恋人に、戻ってきて欲しいと懇願するような詞と、ピアノの伴奏。私は女王と謳われし、京香さんがBGMに選んだ曲に耳を傾けている。誠は助手席でチラチラと運転する、喪服姿の京香さんを見ては目を反らしている。その回数は数えて十回は超えている。陽気で、気さくで、ちょっと過激だけど・・・・・・・・・私や誠をいつまでも、何処までも、全てを許容して受け入れてくれる素敵で、過激な母親である京香さんが、この日・・・・・・・・・仁さんの墓参りになると、陽気な顔も、不敵な笑みも、誰も手が付けられないほどの怒りを見せる京香さんは――――沈み込むような・・・・・・・・・何処か遠くを見るような表情になる。

そして、アヤメさんから借りたクーパーのハンドルを掴み、安全運転している。このあたりも驚嘆するが、この日になると、いつも同じ曲をリピートするのも、京香さんの癖でもある。

 選曲自体、私には異論はない。寧ろ好きな曲。QUEENの名盤の一曲だと思う。この曲は何回聴いても飽きがこない。QUEENの世代ではない私でもカバー曲から、CM、ラジオであろうと耳にしている。ヴォーカルのフレディ・マーキュリーはその芸名通り、この世を去ってしまった。ベースも同じく、既に他界している。

世代、時代を超えても魅了する名盤は哀愁を漂わせ・・・・・・・・・海岸から萌え立つ潮の香りが鼻腔を擽るものの、京香さんの表情は晴れない。太陽が深い暗雲に覆われている。悲しみという暗雲に。

 

「なぁ? 母ちゃん? 知ってる? 聖慈ニィがテレビに出るって?」

 

 大げさに言う誠。励ます虚しい行為。場の空気を換気しようと懸命に努力する。何だか凄くさっきまで落ち込んでいたのだが、京香さんの落ち込みようを見て気持ちを復帰したのは良いが、懸命さは空回りする。

一度目は昨日の夕食を作った京香さんの腕を褒めた。二度目は京香さんが展示するファッションショーをネタに。三度目は現在、誠と私が着ているスーツ。四度目は今のBGMと自分を洒落で掛けているのか? と、訊いていた。だが、その全てを「そうか」、「頑張るさ」、「そうだよ・・・・・・・・・」、「別に・・・・・・・・・」と・・・・・・・・・気のない、覇気すらない返答だった。

 

「そうなの? 誠?」

 

「うん。ダイゴから聞いたよ」

 

「それはビデオで取っておかなければ。聖慈兄さんの歌唱力はすごいですから。 ねぇ? 京香さん?」

 

 話を京香さんに振ると、車内に静謐な間が広がった。虚しい一拍に気付き、目を瞬きながら「あっ?」と声を漏らす。自分に質問されたと気付いたようだ。普段の京香さんなら信じられないほど、その反応は鈍かった。

 

「誠? ビデオ送ってくれよ? 私も見たいから」

 

「うん! うん! きっと送るよ! それでさぁ? 今日、昂一朗兄ちゃんも、昇太郎兄ちゃんも来るんだって!」

 

「そっかぁ・・・・・・・・・」

 

 効果は虚しいほど無い。ハンドルを握り、海を見下ろす美しい風景に沿った緩やかなカーブの曲線に合わせる京香さん。

私と誠はもう車内で何度目の溜息を吐いたことだろう。バックミラーに移る後続車に眼を移す。

 後続車は如月親子とラージェ一行が乗っている黒のワゴン。きっと、駿一郎さんもアヤメさんもこんな暗い雰囲気なのかもしれない。

私の実父、実母の命日ですら、重々しい雰囲気を空気に加味させる。でも、そんな雰囲気を吹き飛ばして一番明るく振舞う京香さんのおかげで、少なくとも湿っぽくない。だが、そのムードメーカーが・・・・・・・・・太陽のように明るく振舞う京香さんが沈み込む日が今日でもある。

仁さんの墓参りの道中は私も、誠も辛い気持ちにさせる。何が辛いかといえば、明確すぎるほど明確だ。私と誠の太陽が、沈んでいるから。

 

「誠? 美殊?」

 

 そんな太陽が、呟くようなか細い声を私と誠に掛けてきた。胸に小さな痛みを感じながら私たちは見窺う。

 

「仁って・・・・・・・・・幸せだったのかな?」

 

 最強の存在がここまで弱々しい姿を、毎年見せられている私と誠。そして、今年の質問は今までの質問と質が違った。どう答えればいいのだろう? ウソでも言いから肯定するべきか? それとも他に返答する言葉があるのか?

 私には判らない。解らない。判断も理解も出来ない。誠も同じなのか、苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。車内は重い空気を換気できず、緩やかな坂とカーブを登りきると、開けた草原へ到達する。

 ここからは徒歩だ。仁さんの墓は霊園ではなく、仁さんを養子として招いた小須田老夫婦の家から一〇分の距離にある。場所は、太陽が沈む崖にポツリとある。だが、その墓に花が無くならない。

 この日になると、まるで花束のオンパレードだ。

車から降り、私と誠は緩やかな丘を見上げると先客が既に居た。全員が喪服を着ているが、こちらに気付いたのか一人が駆け足でクーパーを目印に丘を下っていく。

下りながら小さく手を振る琥珀色の双眸と、日本人離れした容貌に小さな苦笑を零しながら私と誠を見ている。

 

「聖慈ニィ! デビューおめでとう!」

 

「おめでとうございます!」

 

 私と誠の閉口一番の祝辞に控え目に笑いながら、頬を掻いていた。勘の鋭いこの人は、私と誠の雰囲気を窺い、そして京香さんを見ると全て了承するように力強く私達に頷いてくれた。

 京香さんの注意を引きそうなことを言うよ――――と、アイコンタクト。

 

「ありがとう。もう皆が揃っているけど・・・・・・・・・」

 

 聖慈兄さんがチラリと丘の上に佇む人影へ眼を向ける。何処か演技臭いが仕方が無い。でも、その表情は警戒と殺気立つ顔だ。ロックバンド紅真聖慈ではなく、退魔師紅真聖慈の豹変と言うべく、鋭く、猛々しい。

 

「京香姉さん? あの人は誰だ?」

 

 今だ反応の鈍い京香さんは運転席から降りてから、怪訝に首を傾げていた。

 

「仁さんの友人と、名乗っている。けど・・・・・・・・・違うなら消す。この日にしゃしゃり出てくる度胸と無謀を、勘違いしている輩を」

 

 張り詰めた糸のように、研ぎ澄まされた刃のように言う。言われ、チラリと顔を向けると京香さんはようやっと溜息にも似た苦笑を浮かべた。

 

「あぁ・・・・・・・・・テーゼ? いいよ。あいつも来たんだ・・・・・・・・・」

 

 京香さんがテーゼと言う・・・・・・・・・反対命題にして絶対否定、最弱にして強者の天敵・・・・・・・・・そして、その最弱と言われながらも怖れられている男も、ゆっくりと丘をおりてくる。

 徐々に輪郭が見え始めてきた。身長は一七五か一七六。中肉中背でとりわけ抜きん出た特徴は無い・・・・・・・・・が、黒いスーツを身に纏うその姿は幽鬼と思わせるほど着こなしている・・・・・・・・・いや、これが己の魂の色だと言わんばかりだ。怪奇すら感じる《漆黒》をその身から放射しながら、春の萌える緑色の丘からゆっくりと《降りて来る》。

 濁った色の双眸。濃色を綯い交ぜにして出来上がった《黒》というのだろう。波に打ち上げられ、死して腐敗した魚ですら、こんな眼にはならないと思うほどの男。その目は一点の光すら刺さない黒さだった。

緩やかなウェーブの黒髪を潮風に靡かせ、膚は磁器のような・・・・・・・・・いや、違う。病的な白さ。紫がかった薄い形の良い唇。ありとあらゆる要素とパーツが、負のベクトルに傾いている美貌と言うのか? 不気味でお化けじみている。その存在じたいが未知で未見の雰囲気に、私は緊張を高める。

 

「今にも死にそうな顔だな、キョーカ。情けない」

 

 深い、とても深く低い声が紫色の唇から発せられた。

奈落の底でも、地獄の底から響くような声音ではない。

月日の重さ、人生の重さを様々(さまざま)と考えさせ、思い知らされる声だった。

 京香さんは肩を竦めてその深い声に答えるが、返答は無い。無言だ。

 無反応の最強に、最弱の男は一回だけ人間(・・・・・・)らしく、頷いた。

 

「温度差が無くてこちらとしては助かる。いつもその調子なら俺は困らない」

 

「いや・・・・・・・・・・・・今日だけさ。明日には復活するよ」

 

 鈍く、ノロノロと肩を竦めて言う最強。

 

「それはそれで困る」

 

 鼻を鳴らす最弱。

 

「何で来たんだ? お前? 仁の命日に顔を出すなんて? 明日は大雨だと思うぞ・・・・・・・・・」

 

「今日は偶々だ。それに出席は出来なくとも、お前には断りは入れている」

 

 流暢な日本語。完璧すぎるほどの日本語を発する最弱に、そう言えばそうだと苦笑いを浮かべた最強。

 

「辛気臭い面だ。そんな面でお前は仁に合うのか? 仁が報われない」

 

 悪意すら生温い言葉の刃に、温厚の私も血管が切れそうになる。誠も同じなのか、剥き出しにした義憤を隠そうともしない。聖慈兄さんも、両拳の握りを確かめている。

 紅真聖慈、位階《美》、中位。

 真神美殊、位階《基盤》。

 真神 誠、《憤怒の魔王》。

 私たち三人の殺気を真っ向から受けながらも、ぬけぬけと最弱は言う。

 

「情けない。仁に同情する。お前のために自身の存在意義を否定し、お前のために肯定した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)男の末路がこれか? 仁はお前の安っぽい感傷など、頼んでもいない」

 

「あんたに何が解る・・・・・・・・・?」

 

 私たち三人の殺気がちっぽけと思えるほど、最強の殺気は突風すら熱気に変えた。

 

「理解などしてはいない。が、判断は出来る。お前の辛気臭い面は、死んでも嫌な気持ち(・・・・・・・・・・・・・・・・)にさせる。ふん・・・・・・・・・屍人の俺が言うセリフでもない。言わせるお前が悪い(・・・・・・・・・・・・・)言わせるお前達が悪い(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 最弱の屍人は・・・・・・・・・・・・私と誠と、聖慈兄さんの言葉を代弁し、私達三人の不甲斐無さを言う。叩き潰された気分だった。私たちが一番、言わなければいけないセリフを、屍人が肩代わりしてくれていた。何という皮肉だろう。

確かに彼が言うべきセリフではない。だが、彼が言わなければ、私達は一生、毎年このままだっただろう。

それが解らぬほど、京香さんは愚鈍ではない。言われた意味を苦々しい表情で噛み砕く。

 

「言いたくも無いセリフを言うために足を運んだ訳じゃない。そろそろ仕事を終わらせる」

 

「・・・・・・・・・・・・何だよ? 仕事は?」

 

 質問した京香さんは「まさか、屍人に守秘義務が適用する訳が無いよな?」と、ほんの少し。ほんの少しだけ、何時もの京香さんが浮かべる不遜な笑みを零した。

 挑戦的な最強に、享受する最弱は鼻を鳴らす。

 この場合、逆であるのが正道、王道、お約束なのだが・・・・・・・・・《絶対否定》の(あざな)は、その全てに適合するらしい。

 

「終わった魔術師――――《聖堂七騎士》の《杖》への伝言を頼まれただけだ」

 

「・・・・・・・・・あぁ〜? あの糞爺ぃが?」

 

「お前に合う事があるなら《少しは落ち着け。出来れば死ね》と、伝えろとの事だ」

 

「解った。本人に合って言い返すから安心していいよ」

 

「何て言う気だ?」

 

「《お前が死んだら記念パーティー》って、とこか?」

 

「パンチが弱い。俺なら《マグダラのマリアに言ってみろ》と、言い返す」

 

「それは・・・・・・・・・初っ端から右ストレートじゃん?」

 

 私としてはナイフの一突きだ。聖堂にとって《マグダラのマリア》と、《疑惑のトマス》は真にキリストの言葉を、尊重した聖人とされている。それを斬って叩いてしまう一言に私は顔を顰め、聖慈兄さんも嫌な顔をした。良く解らない誠は首を傾げていた。

 

「容赦はいらない。徹底的に叩き潰せ。端から端まで灰にしろ。敵を人と思わず、敵は只の肉塊とし、血の詰まった皮袋として処理しろ。お前はいつまで敵と味方を、同等に生かしておくつもりだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 言われた言葉に最強は驚いていた。驚愕でもある。愕然としていた。

 それは、私自身が感じたことでもある。

 《神殺し(スレイヤー)》の三人。《最強》の魔術を行使する真神京香、《最高》の戦闘能力を誇る如月駿一郎。《最上》の神格たる魂を持つ如月アヤメ。この三人が、何故、大人しいのだろうか? 味方よりも敵が多いのに、その敵すら生かしている。

 その解答を持つ京香さんは何故か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故か、歳相応以下の以下って、くらいの年齢に見えてしまうほど・・・・・・・・・初めて好きな人にチョコを渡すような・・・・・・・・・そんな瑞々しい・・・・・・・・・恋に立ち向かうような少女を思わせるほど・・・・・・・・・シドロモドロ、オズオズ、クネクネと身体が動いていた。

 

「いや、あの・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・あれだよ・・・・・・・・・・・・・解るでしょう? ねぇ? ねぇ?」

 

 さすがの《絶対否定》も、こればかりは否定できなかった。

 

「解らんが言わなくとも判った。出来れば言うな」

 

 顔を赤くして照れた最強。

 全く顔色を変えない最弱。

 チグハグで、パワーバランスが全く判らない。理解も出来ない。

 京香さんが本気どころか、小指一本で紡いだ魔術で吹き飛ぶような《最弱》。それも、この私が面と向かって百通りの戦術を思い浮かべて・・・・・・・・・百通りの戦術全てが勝利出来る映像(ヴィジョン)しか浮かばない・・・・・・・・・魔術師の基本中の基本、骨子として通る基盤である私が、勝てる相手に・・・・・・・・・《最強》は敬意を忘れない。忘れては、いない。

 最強ならもっと傲慢に、もっと不遜に、もっと不敵に、この《最弱》を蹴散らしても良い位だ。むしろ、それですら足りない位。なのに、京香さんは不遜も不敵もあるのに、傲慢の匂いを全く発していない。

 いや、違った。傲慢さが無いんだ。だって、事実強いのだから。本当に強い・・・・・・・・・《黒白の魔王》の圧倒的な強さを前にして、今だ一歩も退いていないのだから。

 

「あっ・・・・・・・・・・・・そうそう。実はアンタにあったら、話さなきゃならないことがあったんだ。ちょっと、場所を移して話そう」

 

「ここで話せ」

 

京香さんの提案に、テーゼは無感動な声色。だが、京香さんの顔は鬼の首を取ったかのように、ご機嫌な笑みを零す。つまり邪悪っぽく笑った。

 

「いいの〜? じゃ、ぶっちゃけると、私の大叔母様――――――――」

 

「場所を移すぞ」

 

 京香さんの言葉を遮って、その横を通り過ぎる。眼の錯覚か・・・・・・・・・急ぎ足だった。その際、私と誠の横を通り過ぎようとした時だ。ピタリと誠へ視線を止めた。

 

「あの・・・・・・・・・・・・・・何か?」

 

 濃色の眼で見られた誠は落ち着き無く問うと、《最弱》は唇の端にささやかな笑みをそえて言う。何故か――――屍人ではなく、人としての笑みを零す。濃色の双眸には、懐かしさの残滓が浮かんでいた。

 

「母親に似なくて良かったな」

 

 皮肉にも賛辞にもならない言葉を残して、反対命題は駐車場へ足を運んでいった。その最弱の背を、ニヤニヤと見ながら京香さんは私の肩を叩いた。

 

「先に行ってな。後で行くから」

 

 ニヤニヤと、何故かスキップしながら最弱を追う最強の組み合わせに、私と誠は首を傾げるばかりだった。

 

「ふぅ。じゃ、俺達はさっさと行こうか?」

 

 聖慈兄さんの溜息混じりな言葉。

《最弱》と言われながらも、あの雰囲気はとても不気味で、とてもじゃないが、緊張するなという方が無理だった。

認めたくないが、巳堂さんの雰囲気が居心地の良い緊張感で、《楽にしなよ?》と、気持ちを解し、癒す空気だとするなら――――あの《最弱》が強いる緊張感は、私たちに《何故生きるのか?》と、問い掛け続ける脅迫。いや、私達に《生きる意味》と《生き様》を題材にして問う。

 とてもじゃないが、とても重い。四六時中あの緊張感の中では、気が静まらない。

 そんな感想を持たせるほど、あの最弱はネガティヴな空気を発していた。その重さが抜けきれないまま、墓の前に集まる人々に眼を向ける。

 

「ミコちゃん? マコちゃん? 元気だった?」

 

「ミコ、マコ? 元気だった?」

 

と、喪服を着込んだ双子の麗人が手を振って言う。ステレオみたく同時音声。さすが双子。

 

「今度、また遊びに行こうね?」

 

「今度は何処に行こうか? 海? 山? それとも海外?」

 

 苦笑してしまうこのステレオ音声。誠も同じなのか、両者へ視線を移していた。

 亜麻色のショートに金のメッシュが百合恵姉さん。対して銀のメッシュが入っているほうが百合香姉さん。見分けが付くようにと、差異を付けているが、初対面の人間には解り難い。

 真神家の分家、黄貴(おうき)家。黄貴は鏖鬼(おうき)で、《鏖しの鬼》。戦術的な召喚魔術の使い手で、私に戦い方を教えてくれたお姉さん達だ。

 

「そうですね。でも、出来ればまた、特訓に付き合って欲しいです。お願いできますか?」

 

 そう――――まず遊ぶ事も大事だが、やはり強くなりたい。京香さんのように・・・・・・・・・今だ後退せずに、《敵》と向き合うだけの強さが欲しい。だが、双生児の姉さん達は、同時に顔を苦笑した。

 

「えぇ〜と、遊ぶ時は遊んだ方がいいよ? それに私達より鋼太とトモちゃんに頼んだら?」

 

「えぇ〜と、身体はヤッパリ大事だよ? 私達よりも鋼太とトモちゃんが良いと思うよ?」

 

 そして声を合わせるようにして。

 

「「私達、就職活動しなきゃいけないし・・・・・・・・・」」

 

 就職活動か・・・・・・・・・確か、二人とも大学四年生だ。あれ? でも、まだ四月? それに遊ぼうと誘っているのに? あれ?

 

「「ほら? 鋼太? トモ? こっちに来て?」」

 

 私の思案も他所に呼ばれた兄妹が、首を傾げてこちらに向かってくる。

 

「解ったって。今行くよ」

 

「・・・・・・・・・解りました」

 

 大学二年生の(みどり)(かわ)鋼太(こうた)。テニスサークルで健康的に焼けた肌の青年が、頭を掻きながら近付き、その後ろで無表情な顔で近付く一八の(ともえ)姉さんが私と誠に小さく目礼する。鋼太兄さんはさすが体育系大学に通うだけあり、ガッシリした体格だ。身長は一八七センチあり、体重は七五キロ。それでいて逞しい肩幅のため、柔道をやってそうなのだがテニスだ。本人は今も『よく俺が自分の好きなスポーツを言うと引くんだよな・・・・・・・・・』と、愚痴る。

 

 巴姉さんは今年一九歳。そして、一足先に社会人である。デパート店勤務でレジ店員。そのため、私はちょくちょく巴姉さんに会うんだが、この無表情さで接客業が出来ることと、ファンの多さに身内なだけちょっと、引いた。

さきほどの《反対命題》と違い、無感情ではなく無表情。

ちゃんと《いらっしゃいませ》、《少々、お待ちくださいませ》と接客用語は使う。そして、使うたびに巴姉さんのレジに客は並ぶ。確かに綺麗というか、儚げというか・・・・・・・・・まぁ、その辺に急所を持っている男性客がやられている訳です。

 

「ミコちゃんがまた訓練したいって。鋼太? 教えてあげたら?」

 

 えぇ〜? と、思いっきり顔を顰められた。私はそんなに教え甲斐の無いのか・・・・・・・・・。

 

「いや、違うんだ? 美殊? ちょっと・・・・・・・・・その、都合が悪いんだ!? ホントだって!?」

 

「アニ。挙動不審過ぎる。もう少し、オブラートに」

 

 巴姉さんまで・・・・・・・・・。

 そりゃ、私は・・・・・・・・・みんなに比べて魔術覚えるのが下手糞でしたよ。でも、そこまで邪険にしなくとも・・・・・・・・・そこまで嫌がること無いじゃないですか・・・・・・・・・?

 

「落ち込むな。美殊。誰もお前を薄汚いクソ虫以下の下種とは思っていないさ」

 

 爽やかな声音に対し、このアーミースラングは!?

 私が振り向くと、そこにサングラスを掛け、白い棒をついて立っている人物。二〇代後半の男性が立っていた。ちなみに・・・・・・・・・何時から居たの?

 

「ただお前が、そこいらのクソ虫以上に頑張りすぎて、先に教えている方がバテてしまうと言いたいだけさ」

 

 肩を竦める全盲の男性。私が振り向き、素早く距離を取った事にサングラスのブリッジを上げながら、ニッコリと笑う。

 何だか、凄く命拾いしたような気持ちにさせられた。

 

「それに今の反応は中々だ。気配を消して背後を取れたまでは良かったが・・・・・・・・・殺気を出したら振り向かれた」

 

「こっ、殺す気ですか!?」

 

「? まさか? もしそうならお前? 何回斬られたと思っているんだ?」

 

 質問を質問で返された。しかも笑顔で、

 

――――何勘違いしているんだ?

 

と、爽やかスマイルだ。ちなみに何回斬られていると、言っている時点で「殺す気」自体が間違いだと言っているのだ。

そう・・・・・・・・・「もしそうならお前はバラバラ」と、言いたいのだ。

 

「相変わらず・・・・・・・・・爽やかバイオレンスだね・・・・・・・・・昇太郎兄ちゃんは・・・・・・・・・」

 

 誠は何故か、振り向いた私よりもさらに距離を取り、何気に百合香姉さんと百合恵姉さんの背後でガタガタ震えていた。

気付いているなら私を守ってよ!? 男でしょ!?

 

「誠? パンダの皮を被った破壊王のお前に言われると、ちょっと落ち込むぞ?」

 

 

 蒼眞昇太郎。蒼眞家始まって以来の天才剣士にして蒼眞家当主。

魔術世界の《暴力世界》で序列一位たる《クラブ》の《戦闘会員》。そして、一桁ランカーである。万いる《クラブ》の中で、《一桁》という快挙は人間では女王以来の快挙だそうだ。それに《剣術》の使い手。

魔術世界には、未だ剣士は存在する。ただし《剣道》ではなく、《剣術》。刃物をどれだけ操るか、どれだけ操れる人間になれるか、どれだけ刃を扱う《(すべ)》に長けていけるか? と、未だポン刀振り回す輩が魔術世界には多いのだ。つまり、まぁ、昇太郎兄さんは杖に刀を仕込んでいるからまだ、許せるけど。学校にいる留年先輩は堂々と持ち歩いている。

 そして、誠と私が揃って頭が上がらない人でもある。ただし、聖慈兄さんには尊敬やら昔、お世話になったことであるが・・・・・・・・・昇太郎兄さんは何と言うか――――恐怖支配?

 

 

「義兄さん? あんまりミコとマコを虐めるなよ?」

 

 やんわりと間に入る男性に、私と誠は胸を撫で下ろした。

 雪のような白い髪の男性で蒼眞昂一朗。幼少の頃、理由あって養子になったらしいが、この昇太郎兄さんの爽やかバイオレンスを緩和してくれる、生きた清涼剤なのだ。この人居なくちゃ、聖慈兄さんは凄く苦労する。

しかし、その昂一朗兄さんと手を繋いでいる小さな金髪女の子と、昂一朗兄さんと女の子を挟むように立つ外国人女性に私はちょっと首を傾げた。

 

「その子は? その人は?」

 

「えっ? 僕の子と僕の妻だけど?」

 

 ・・・・・・・・・・・・へぇ〜。まぁ、そうだよね。まぁ、昂一朗兄さんは今年で・・・・・・・・・二四じゃん!?

 

「「嘘!?」」

 

 私と誠の絶叫に、昂一朗兄さんは首を傾げた。

 

「京香さんから聞いていないの?」

 

 首を縦に振る私たち。

 

 あっそう、と昂一朗兄さんは頷くと隣に立っている女性と見窺う。その女性は少々、苦笑を含めて。

 

「初めまして。私はヴィヴィアン・ソーマと言います」

 

 まだ日本語はなれませんが、と前置きして。

 

「仲良くしてください」

 

 微笑まれたため、私と誠ははぁ〜と、相槌を打つ。

 

「そして、この子はキョーコ。キョートのキョーに子共の子と書いてです」

 

「それにしても、京香さんから何も聞いていないのかい? この子の名付け親になってくれたのに」

 

「それも、はっ、はっ、ハツミミって顔ですよ?」

 

 夫婦仲の良い雰囲気で話し合う中、何故か京子ちゃんはじぃーと誠を見ていた。誠と眼を合わせるとすぐに母と父の背に隠れてしまう。

 

「京子ちゃん? 初めまして。おれ、誠。よろしく」

 

と、無理矢理英語発音で自己紹介。バカさをアピールしてしまい、ちょっと私としては赤面モノだ。

 

「初めまして・・・・・・・・・」

 

 日本語が通じて良かった。胸を撫で下ろす私の気も落ち着かぬ隙を付くように、京子ちゃんはオズオズと母親を見上げて言う。

 

「この人。怖いよ。怖くないようにしていて、怖いよ(・・・・・・・・・・・・・・・)? 鎖をジャラジャラさせて怖いよ? 怖くないの? お母さん?」

 

 退魔家四色の当主全員、緊張が走った。

 一目見て、誠の素姓を舌足らずな口調で言い当てた事に。しかし、言われた本人たる誠は怖いと言われて、ちょっとだけ悲しそうな顔をした。それを見て、京子ちゃんは目を瞬かせて驚いていた。

 

「お母さん? この人、落ち込んでいるよ? 何で? 本当の事を言ったのに?」

 

「謝りなさい、京子・・・・・・・・・一応は」

 

 昂一朗兄さんは溜息をついて言う。最後の語尾だけ誠に聞えないようにと配慮したのだろう。それも聴こえていたのか、誠は自分の胸を抑えて唸り始める。

 

「それより、世間話に花を咲かせるのもいいけど、目的をさっさと済ませてしまおう」

 

 リーダーシップを発揮した聖慈兄さん。てか、この中で一番仕切り上手がこの人でもあるため、どうしてもこのポジション。やっぱ苦労を掛けてしまう。最年長なのに、昇太郎兄さんは歩く台風(カラミティー)だ。

《クラブ》で《血染めの蒼刃(ブルー・エッジ)》何て、物騒極まりないあだ名で呼ばれる昇太郎兄さんに、そんなスキルが備わっていないから仕方が無い。と、言うよりこの人って・・・・・・・・・何でだろう? 近くにいるだけで膝は笑うし、背筋からは冷汗出てくるし・・・・・・・・・さっきの《最弱》とは違う緊迫感を放射し過ぎです。何かもう殺殺殺(Kill・Kill・Kill)って雰囲気はどうでしょう? 身内に殺気は放射してはいけませんよ? 私たち、あなたとよく遊んだり、想い出だってたくさんありますよ?

 

「そうですね・・・・・・・・・その、昇太郎兄さんの殺気に逃げたくなりました」

 

 私は頷いて、いまだ京子ちゃんの言葉でショックを受けている誠の手を引いて仁さんの墓標へと歩む。

 

「チッ」

 

 何か・・・・・・・・・昇太郎兄さん? 舌打ちしませんでしたか? 殺気の濃度が濃くなったような!? 斬る斬る斬る(Kill・Kill・Kill)って殺気が! 殺気だけで生きた心地しないもの! 早く行かなければ! そう! これは新鮮な空気を吸うための本能よ!

 誠も同じなのか、すでに私よりも前へ。誠は早歩きなのに、私は走っている。何? この裏切られた気分?

 

(てか、男でしょ!? 守ろうよ!? うら若き乙女!? 可愛い義妹を――――!?)

 

 って、絶叫していたら、危なく通り過ぎるところだった。

 ごめんなさい仁さん。別に悪気があったわけじゃないんです・・・・・・・・・・心で謝罪。うん。仁さんは優しいからきっと笑って許してくれる。

 

 

《美殊ぉ〜!? 信じていたのにぃ!》

 

 

(うん? 何か今、仁さんの声が聞えたような・・・・・・・・・・いやいや、仁さんは非難するようなことは言わないもの。そう、これは幻聴よ。そうそう、こんなシリアスで重い展開で、ギャグの出番はないし)

 

「何か? 今、父ちゃんの声が聞えなかった?」

 

「幻聴ですよ」

 

そう言いながら、私と誠は墓石へ視線を移した。

何時見てもこの墓下に仁さんの骨が無いと思うと、気持ちが落ち込んでしまう。五年前の大火事で、仁さんの遺体は骨すら見つからなかった。異常な火事だと覚えている。

 ――――炎の中で、炎が渦巻き、燃えていく居間の中で立っている仁さんの背中だけしか、私は覚えていない。あの炎の中で無傷のまま助かったのは、仁さんのおかげだと、今なら迷わず言える。

――――《黒白の魔王》を見てしまった今の私なら、あの時何故、仁さんは炎から逃げなかったのかが。

 あの炎の中で、きっと仁さんは対峙していたのだ。あの《黒白の魔王》と――――私を守るために、その身が燃えようと、その身から残る灰すら消え去ろうと――――構わず闘ったのだろう。そして、《今》でも闘っている。死んでしまい、死んで消えても、消えて亡くなっても、闘い続けている。京香さんと同じように。

魔術師の誰もが目指し、その先に《黄金》があると言われる位階第一位《王冠(ケテル)》の向こう側。深淵中の深淵の向こう側で。過去、現在、未来が同時に生まれる《全》に仁さんはきっと行ってしまったのだろう。

黒白の魔王と大いなる狼は、過去も今も未来も無視して戦い続けているのだろう。

《原初》も《未来》も始まりとする場所で。

人はそこを《天国》とも《地獄》とも言う――――そして、私たち魔術師は《鬼門の内》、《ゲートの世界》とも。

 

「よぉう? 父ちゃん? また今年も来たよ」

 

 私の回想を振り切るように、墓標を前にした誠は挨拶する。

 

「それにしても父ちゃん? 母ちゃんにちゃんと言ってくれ。あんまり乱暴なことをするなって。おれはメチャ、大変なんだから? 父ちゃんの分まで殴られてるぞ?」

 

 そんな微笑ましい光景を打破するように、距離五〇〇メートルから京香さんが放ったハイヒールが誠の後頭部にヒットし・・・・・・・・・そのまま崖に転がっていったのを、私たちが急いで救出したのは言うまでも無い。

 毎年の光景――――そして、新たなに増える家族達。

 仁さん? あなたが好きな賑やかで、ちょっと危ない日常は今日も続いています。

 あなたが残した掛け替えのない人たちは――――今日も笑顔を絶やしていません。

 

 

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